こだわり・諦め、という言葉。
わたしは家族が「わたしはこだわりが強いから。」と自己肯定する際にしょっちゅう口にする人だったので、こだわりはいいコトなんだと思って育ちました。
その逆で諦めは、努力が続かない人が陥る感情で決していいものではないと思っていました。
大人になって、これが逆だと知りました。
大人になると、こだわりは悪・諦めは善
知人の会社社長がいます。
子どものにはいいモノを摂取させることをモットーとしています。
オーガニック食材を使って手作り食材を赤ん坊に与えるのですが、出張先でも、仕事関係者を待たしてまで手作り食を作ります。
そんな彼女、今、事務所移転真っ最中で、新しい賃貸事務所を改装しています。
ここでも彼女のこだわりっぷりは発揮されていて、天然素材の木のデスクなんかを作りつけしてもらっています。
従業員からすると、職場がなくて毎日、レンタルオフィスや彼女の自宅に招かれて仕事をすることの方が不便で、木のデスクでなくていいから早く事務所の改装終わってくれ!と願っています。
人の話だとよくわかります。
大人になると、こだわりはただ自己満足を押し通すだけのわがままになり得るし、諦めは人を受け入れる思いやりや寛大につながります。
自分も周りも苦しめる可能性が大きいこだわりを捨てる
捨て活でも、仏教の教え通り、こだわりを悪いものと捉え、諦めをいいものと捉えてみると、シンプルに捨てるモノが見えてきます。
- このブランドでなければいけない理由はないし
- ブランドバッグでないといけない理由もないし
- オーガニック食材以外を食べたら死ぬわけでもない
- 子どもが受験に失敗しても人生終わりではないし
- 勉強よりスポーツが得意な子がいて当然だし
- 高給取りだけがしあわせなわけでもない
- 家が貧乏だったら、全員末恐ろしい未来かといえばそうでもない
- 毎日違う洋服を着る必要もないし
- 毎日シャンプーしなければいけない法律もない
- 洗濯を毎日しなくていいし
- 手作りでなければいけない強迫観念もいらない
生きている間に、まずは親から、そして同級生の親から、学校の教師から、友人から、彼から、同僚から、カウンセラーから…
生きる年数を重ねるうちに、いろんなそれぞれの思い込みを植え付けられて誕生したこだわりは、多ければ多いほど自縄自縛します。
せいぜい30歳や40歳くらいまでは人生前半戦で、こだわりが増えてしまっても仕方ないでしょう。
ただ折り返し地点を過ぎたあたりからは、こだわりはなければないほどしあわせになりやすいってことに気づいた方が楽に生きられます。
諦めをうまく取り入れて、シンプル化させる

その逆に諦め力は高ければ高いほど、生きやすくなります。
わたしはとても四角四面で神経質で面白味のない人間ですが、家族は適当で無責任で計画性がないタイプが1人います。
昔から出かけるついでにポストインを頼んでも、しないまま数日経過するようなタイプで大嫌いです。
ただ、わたしが反省することも多々あります。
昔からルーズで適当でいい加減な家族に、いまだに期待が残っており、ふと何気に物事を頼んでしまったり信じてしまったりする自分がいます。
仕事のことやお金のことを相談して、ルーズな人間だから適当に「それでいいんじゃない。」と言うに決まっているのに、そのとき自分が行動を起こしたくがないために、適当人の返事を鵜呑みにしてまったり。
仕事で追われていたら、銀行へ行く時間が無くてお願いしてしまったり。
7割くらいしてもらっても、腹が立つ結果になります。
わたしは、まだまだ家族だからちゃんとしてくれるだろうという期待を持ってしまって諦められないんです。
この諦められないことは、自分の人生を一気に不幸にします。
最近よく聞かれるようになった毒親もそうです。
- 残念ながら、親になる資格がに人が親になってしまうことってあるんです
- 自分がハズレくじを引いてしまったんです
- そんな親に育てられると、何も教わっていないので大人になってから失敗が多いし苦労もします
でもね、諦めるしかないんです。
生まれる前に戻って、「まともな親の元に行く。」とできるなら、苦しみもがけばいい。
けどできない。
諦めるしかない。
諦めるのは、親を変えるコト。
口先で謝っても、内心何がダメだったのかなんてわかっていませんよ。
わからないレベルの人間だから毒になっているんですから。
自分は自分で、カウンセリングを受けてみたり、同じような環境の人と話す機会を作ってみたり、親を反面教師にしたり、自分のことは諦めません。
- 育てられない夫も、
- 言うこと聞かない子どもも
- クソ上司も
- 人のコトとやかく言う老害も
諦めて、離れるが一番です。
離婚も離職もしなくていいけど、そこにエネルギーを注がない。
週末に母の同級生に「そんなんだから結婚できへんねん。」と言われました。
3年ぶりに会ったヤツに何がわかるのかもわかりませんが、諦めるしかない。
昔のわたしなら、
「できないんでなく、しないね。あんたの子どもみたいにやるコトしか能がないタイプでないからね~~~。」と罵ったあとの、藁人形でも作ってさぁどの木に打ち付けたろかと意気揚々と怒り狂っていたでしょうが、もう諦めた方が自分が楽でしあわせなんです。
こだわりを捨てて、期待せず諦める。
これさえ自分にインストールできれば、飄々と生きられます。
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