物質主義で生きると生きづらいです。
人の肩書や容姿や持っているモノでばかり、人を判断していは本質的なことが見抜けなくなるからです。
物質主義反対派ですが、人目を気にして生きるのも、この世の中では必要なことです。
人目ばかり気にして無駄な買い物をしてしまったあなたなら、それを逆手に取って手放すこともできます!
今年中にやってみてください。
お客様を扱うように自分を扱うと、モノも心の曇りも減る
お客様用の布団や食器などを持つ日本文化は、相手を思い遣ってのことなので素晴らしいことだと思います。
ただ、お客様ばかりを丁重に扱って自分をおごそかに扱ってばかりいると、毎日がくすんでしまう。
お客様を大事に扱うように自分も扱えばいいよね?という思考がミニマリスト的思考です。
ロイヤルコペンハーゲンの食器は捨てなくてもいいけど、自分も使う。
お客様用の立派な布団を、1年間押入れの中でカビ繁殖機として使うくらいなら、自分が使って毎日お日様の下で干し、お客様に使わせるときは、シーツを洗ってノリをつけてアイロンまでしてあげる。
これで、十分、お客様を大事にすることになります。
まずお客様用と自分用を全部一緒にすることで、家の中のモノは一気に減ります。
モノは礼儀の一つ
自分もお客様も大事にする“わたし”になったら、何故モノを通して、人を大事にすることに繋がるのか考えてみてください。
自分らしく生きることは素晴らしいですが、ある程度、組織の中で生活する必要がある人類は、人目を多少は気にしなければいけません。
最終的には、金髪に鼻ピアスで接客業をしてもいいようになるかもしれませんが、入社試験のときにあまりにも奇抜な格好で行くのはNGでしょう。
おしゃれが好きだからと、お見合いの席でピンク色の髪の毛で行く人もいませんよね。
つまり、モノを通しての自分って相手への礼儀の一つでもあります。
冠婚葬祭用の洋服というカテゴリーがあるのも、礼儀を考えてのことです。
なら、普段の自分が使っているモノも、自分という相手への礼儀を示す一つの手段と捉えてください。
- けがをするかもしれない欠けた食器や
- 黒ずみが取れない布巾やカピカピになったタオル
- 首回りが伸びきった衣類や
- 穴が開いた靴下や下着
- 毛羽立ちがひどい洋服
- 劣化が激しく履くたびにごみを出す靴など
果たして自分への礼儀はちゃんとできているのか。
そう考えると、まだ使えるし何かに使えるかもしれないモノも手放せます。
衛生的配慮を、平均的なところに寄せて考える
北野きいさんがとても潔癖症で、自分が料理するときは、髪が落ちないようバンダナをして手袋をしてと徹底的に衛生面を気にして料理するので、人が作ったモノは食べられないとおっしゃっていました。
この衛生面、人によってそれぞれです。
わたしはロシア人一家の家にお邪魔したときに、餃子のような伝統食を作ってくれたのですが、こねるときに普通にリビングテーブルの上のモノをがさーっと落として、そこで生地をこね始めて、かなり驚きました。
トイレに行ったら、石のようにカチカチになった手拭きタオルがぶら下げてあり、食べた物を吐き出したくなったほど、衛生的に無理でした。
自分の家の中なのですから、自分基準でいいのですが、人と少しでも関わりがあるなら、平均的な衛生面は気にした方が有効な人間関係を保てます。
ねこちゃんがいる家庭ならわかってもらえると思いますが、どれだけ掃除機をかけても拭き掃除をしても、どこかしらにねこの毛はあるものです。
ねこちゃんがいない家庭の人が来たら、絶対に丁寧にテーブルを拭いてから、椅子の毛をコロコロで取ってから、コーヒーを出します。
自分だけの食卓なら、1日くらい付近で拭かなくても食事しますが、世間の衛生的なことを意識して生活すると、一生テーブルを拭かない生活にはなりません。
最近はメルカリを使う人が多いのでわかると思いますが、
- たばこを吸わない自分が商品を買ったら、梱包をといた瞬間にたばこのにおいがしたり
- 若い世代だけで暮らしていたら、高齢者を車に乗せただけで加齢臭が気になったり
- 商品を売ったら、動物の毛がついていたとクレームがきたり
そんな経験から、自分の気をつけるべきことを考えれば、あまりにもボロボロのモノを持ち続けようとは思わないはずです。
執着心が生むのは、モノの劣化だけ
我が家には傘立てがありません。
会社は3本だけ立つねこちゃんの傘立てを使っていますが、小さいので晴れている日は片づけています。
☝
これを使っている。かなりおススメ。
ホームには家族が買った傘立てがあり、以前使っていたのですが、傘立ての掃除と傘立てを置くことによって玄関タイルの掃除が増えるので、玄関収納内で持っていました。
家族人数分の傘と祖母の杖とこいのぼりだけ挿していたのですが、ちょっとかさばるからそろそろ手放そうかと出してみました。
すると、カシャって音が。
お見事に、経年劣化で腐ってるーーーー(´;ω;`)
捨てられる喜びより、掃除しにくそうな汚れをもたらしことにショック。
劣化させるためにモノを持っていた自分にもショック。
ジモティで誰かに譲ろうと思っていましたが、即捨てました。
モノって使わないと、ただただ劣化するんですよね。
去年片づけたごみ屋敷のお話をシリーズでしましたが、持っていても永遠にその状態をキープできません。
過剰なストックを持っている人も、ずっと使えると思っていますが、湿気の多い日本では、ティッシュがティッシュ箱型のただの塊になります。
シリーズ内ではお写真出していませんでしたが、
靴もビニル袋も、紙吹雪のようになります。
家で、自分はカビを増殖させる実験をしている、モノの劣化具合を観察しているという人はいないでしょう。
自分たちの居場所を削ってまでモノを置き続けて、捨てにくい形に変化させているだけと思ったら、手入れ・管理できる量まで減らそうとします。
久しぶりに開けてボロボロで使えない代表選手は、靴・バッグです。
あと、ナフタリンを長年放り込んで管理しているつもりになっている、くっちゃくちゃのクローゼット内の洋服。
あれ、臭いで人にばれています。
人目を気にして、要らないモノを買いこんでしまったなら、人目を気にして捨ててください。
一貫性ある生活、矛盾のない思考の方が楽ですよ。
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