衝撃を受けた『断捨離と親との関係』

断捨離 親子関係 捨てる
実家の断捨離

図書館がやっと開いたので

続々と予約図書を借りられて嬉し忙し状態です。

 

先週は10冊ほど読みましたが、

やましたひでこさんの“実家の断捨離”には胸にずしっときました。

 

ミニマリストにとって

物を捨てない家族は本当にストレスです。

 

この“実家の断捨離”には

平和にミニマル生活を送るための要素がたくさん詰まっています。

 

 

 

片づけのカギは「親離れ」

 

捨て方を書いてあるだけかと思ったら

わたしがいつも物と向き合いながら感じている

無意識の心ざまがあけすけに書かれていました。

 

  • 何故、捨てることに躊躇するのか
  • 何故、買い物を続けるのか

の裏には

親から受けた違和感に対する怒りやくすぶりが根底にあるからだと説いています。

 

やましたさん自身も、母親からの扱いに長年モヤモヤしていたものが

自分の行動、特に断捨離の仕方に表れていることに気づき

そこから快適な親との距離感を掴んだというお話です。

 

  • 序章   実家は子が片づけるものなのか
  • 第一章 「捨てられない親」との戦い
  • 第二章 溜め込む理由と「よかれ」の無意識
  • 第三章 三度目の親離れで「期待」を手放す
  • 第四章 親と自分を「鳥の目」で見直す
  • 第五章 実家の断捨離を愉しむ極意

 

の全6章で書かれていますが

何故、親がまたは自分が捨てられないのか溜め込むのかを

論理的に説かれています。

 

 

 

無意識の存在を知る

 

不安と執着の証拠品である溜め込んだモノ・ガラクタは

取り除いていけば

「いつかいるかもしれない。」

「無いと困るかもしれない。」といった不毛な不安・執着もなくなり

軽やかに生きていけるようになります。

 

これはミニマリストには理解できる構図ですが、

大量のガラクタに囲まれてもはや感覚が麻痺してしまっている人には

通用しません。

 

単純に「捨てろ」ということは強奪で

逆に親の溜め込みは拷問だとまで言っています。

 

つまり価値観の押し付け合いによって

解消しきれていない親子関係の押し付け合いをすることになるから

実家の断捨離はやっかいなのだと。

 

この自分の

「親の安全のために捨ててあげると言っているのに。」

「良かれと思ってしてあげているのに。」の奥に潜む

自分の親に対する恨みや怒りの存在を自覚するだけで

対処法は変わってきます。

 

まずは自分の無意識に気がつき、それを片づけることが先決です。

 

 

 

期待しない

 

昔、西尾由佳理アナウンサーの記事を読んだことがあります。

 

「相手に期待しない。期待しないと、がっかりすることもない。」という言葉を見て

とても感銘を受けわたしもそう心がけてきたつもりですが

やはりわたしは人への期待が大きい方だと思います。

 

仲のいい友人との距離感はうまくつかめるのですが

親だったり本当は付き合いたくない人を相手にすると

一気にこの教訓が緩みます。

 

わたしが何かに怒っているときって

一概に期待が外れたときです。

 

家族に対しては

ごみを出してくれていないなど「気が利かないなぁ。」と思うことだったり、

知人に対しては

わたしは言いたくもないお世辞を言って相手を気持ちよくしてあげてるのに相手から返ってくる言葉は失礼なことばかりだったり。

 

他人に対して「~してあげる。」こと自体、傲慢だし

そもそも言わなくてもいいお世辞を言ってる時点で

返答で自分を褒めてほしいという無意識の表れですよね。

 

気をつけているつもりでもムクムク復活してくる期待の根底は何なのかを

探りながら

断捨離を続けようと思います。

 

がんばるぞ、オー!

 

 

 

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