“不動産は一生の買い物”なんて時代は終わったと思います。
お客さまを見ていても、お金をうまく使っている人は、状況に応じて家を変えています。
その逆の、古くから伝わる家を抱えている人がみんな口にするのが、「もう片付けが大変!」この一言に尽きます。
昔みたいに大家族で住む家も減ってきているのに、家の様子だけ同じ。
どんどん空いてくる部屋は荷物置き場になり、後に遺されるであろう子孫が必死に捨てさせようとし、張本人は「死んでから捨てて!」と過去に執着する。
もう古家を持っている友人・知人・お客さま、全員同じ話をします。
不動産を負動産にしない考え方
不動産って、人によって資産になったりただの借金になったりします。
不動産もお金の一種ですから人を選びます。
所有権がある自分の持ち物であっても賃貸であっても、家は自分の年齢や家族構成に合わせてダウンサイズしたり、もっと流動的なモノなのです。
そこを勘違いすると、自分を守ってくれる家に感情を揺さぶられることになります。
昨日お話した生活保護に移行したおじいさんも、かつては女性と2人で2LDKに住んでいました。
今は、おひとりになったので2LDKも部屋はいりません。
- 1人の生活になっても、5人掛けのソファや
- 83歳になって仕事もそんなにしていないのにオフィスデスク、
- 4人掛けのダイニングテーブル、
- もう飲めないのにウイスキーのコレクション、
- 庭には使っていない洗濯機、
- 炊飯器2台と、
モノに囲まれて生活しています。
こうなると、モノや広すぎる部屋から「あなた、とうとう1人になったのね。」と負のエネルギーを受けることになるんです。
生活保護の審査も終えているのに、今になって「役所にごちゃごちゃ言われるから、生活保護ももう受けない。引っ越しもしない。次引っ越しするときはあの世や。」とか駄々っ子のようなことを言い出しました。
こうなると、若造の手助けしてあげようという気持ちも一緒に失せてしまうので、自分でどんどん孤立するように仕向けているようなものです。
2人暮らしのときは、2LDKの家賃10万円は有意義な使い方でしたが、1人暮らしでの10万円は、負担になっています。
家とは、自分を安心させてくれるスペースですから、自分にプラスになっているのか負になっているのか、定期的に見つめ直す必要があります。
過去に稼いだお金や買ったモノに興味があるのは自分だけ
こぞってお年寄りが口にするのが、
- 300万円した毛皮
- 30万で買ったショーケース
- 家に入れるだけで5万も払ったお酒
と過去に自分が払った金額を、他人に熱弁します。
そして、全員「自分の持ち物は、お金払ってでも欲しい人がいっぱいいる。」とも言います。
今の若い子たちは、車もいらない家もいらない昇進もせんでいい、みたいな子が多いので、絶対的にお金を払ってでも欲しがる人はいません。
高齢者ばかり責めているように聞こえるかもしれませんが、これ70代でも60代でも30代のわたしも同じです。
- 700万円で買ったのに、50万円でしか売れないのー?(車)
- 高かったのに、1回も着ていないから捨てるわけにはいかない
- もったいないから、なんとしてでも痩せて着てから捨てなきゃ
金額やモノは違えど、わたしたちもこの過去への執着を手放す癖をつけておかないと、将来、今文句を言っているお年寄りみたいになるのです。
昔の仲間が、アル中になり、借金まみれになりと落ちぶれるメンバーがちらほら出てくる年になりましたが、80代になった彼らが容易に想像つくのは、思考が同じだからです。
自分が、過去、月100万円稼いでいたことも、ベンツに乗っていたことも、他人からすればどうでもいいことで、気にし続けているのは自分だけです。
そして、過去の自分と比べて、今の自分を卑下し続けているのも自分だけです。
鏡を見て「年いったなぁ。」と感じますが、今付き合いのある人は今のわたしを見ているだけで、「そんなもの。」としか思っていないと同じです。
逆に、「ちょっと頑張れば億ションにでも住めるけど、自分にちょうどいいサイズはこじんまりとした家なんだよね。」と古家を買って贅沢にリノベーションした家にいるときに、揺るぎない自己肯定感に包まれてとてもしあわせを感じますよ。
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