わたしたちは、ほとんどの人が死別を経験します。
亡くなった方に執着してはいけないと思っても、自分が残された時間を生き抜くためにすがりつかなければやっていけないこともあるでしょう。
ただ、どんより悲しみの中で埋もれるより、明るく悲しんだ方が、亡くなった方も気が楽だろうなとも思うので、自分を元気づけて毎日生きています。
亡くなった人も気が気でない
江原啓之さんの「あの世の歩き方」という本で、大好きな一説があります。
江原さんが、夕暮れの中、レンガを積む男の人を見かけた。
何をしているのか尋ねると、「娘が家が欲しいと言っているんだよ。」
どうやら家を建てるためにレンガを積んでいる様子。
江原さんの推測によると、娘さんがお父さんの遺影に向かって「家が建てられますように。」とでも願っていて、
お父さんも「生きているときは、娘に何もしてやれなかった。」という思いがあるのだろう、と。
この世からの娘さんの念と、あの世でのお父さんの人生の見つめ直しが相まって、たそがれの中レンガ積みになった。
その姿を見て、江原さんは、『亡くなった人に気軽に願い事をするものじゃないなぁ…。』と思ったとか。
お墓参りも、毎日のお仏壇の前でのご先祖との交信も、神社仏閣巡りも、お願い事をするためではないのは、すでにわかっています。
ただ、どうしても今日あったことの報告のついで、「見守っててね。」とかお願いしちゃう^^;。
先日、抱えていた不動産がやっと売れたお話をしましたが、売れるまで「はぁ…っ。どうか家が売れるように力貸してよー。」とお願いしていました。
感情は同じでも、感情の扱い方で大いに変わる
ちょうどその頃に江原さんの本を読んでいたので、
あの世で、わたしの先祖がぞろぞろ揃って、不動産のチラシを撒いてくれている姿が鮮明に浮かんできて、笑ってしまったと同時に
「あの世で、チラシ撒きまで手伝わせてごめんね~。でも売れたから助かったー!」とお礼を言いました。
買ってくれたお客さまのご先祖さまがチラシを見て「この物件どう?」と、この世のお客さまに伝えてくれたのだと。
しくしく泣いて過ごすよりも、明るくあの世とこの世のことを考えて生きている方が、あっちで再会したときの笑い話も増えるってものです。
悲しいのは悲しい。
淋しいのは淋しい。
感情に蓋をせず、思う存分悲しんでも淋しがってもいいけれど、その感情の扱い方で、面白がって生きることに近づきます。
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