人のことだとよくわかります。
亡くなった人を引き合いに出してまで、自分の欲求を通そうとする。
多少の差はありますが、わたしたちもやってしまいがちな失敗です。
かまってちゃんがしてしまいがちな失敗と、それを避けるために必要なことの話をします。
モノの断捨離話ではありませんが、無駄な思考の断捨離がモノの断捨離を後押ししてくれます。
執着を捨てれば、問題は解決する
全てはここに落ち着きますが、これが一番難しいことだってことはわかります。
ただ、現在の欲求(大体のかまってちゃんの欲求はこんなものだと想定して…)
- お金が欲しい
- かつてしていた仕事にカムバックしたい
- 親族と関係を深めたい
- 自分を認めてほしい
これって、全部自分都合です。
職に執着しない
お金が欲しいなら、どんな仕事だって可能です。
わたしは、自分ルールさえ持っていれば、夜のお仕事だって立派なたくさん稼げる仕事だと思います。
ダメなのは、その世界の悪い部分にどっぷりハマってしまうことです。
ただ、これは夜のお仕事以外だってあり得る話です。
- 政治家になってもズブズブの世界の方へ足を踏み入れたら、落ちぶれてしまうし
- 幼稚園の先生になっても、子どもを虐待する側の人間になったらダメだし。
何も過去に自分がしていた仕事だけではありません。
人間関係に執着しない
親族(離婚したがっている夫や、義両親などなど)と関係を深めたいというのだって、本当に人を愛する意味を知れば、ただの押し付けになるときもあることを知るでしょう。
本当に相手を思い遣っていたら、自分が会えなくても見守ることができますし、自分の会いたい欲求より、相手が自分を忘れてでも幸せになっていることを望みます。
わたしは、ここまで人を愛する自信がないから、昔から結婚願望を持たないのです。
大人になれば、失恋の数も増えます。
20代の頃に美輪明宏さんの質問コーナーを集めた本を読んでおり、そこで昔の彼を諦めきれないという相談を目にしました。
美輪さんがどんな手を使って、相手を振り向かせるアドバイスをするのかと思ったら…
「あなたは人を尊重もせずに、相手におせっかいをしたのだから、嫌がられて当然。
その人は諦めて、さっさとほかの人を見つけなさい。」
次は同じ失敗をしないように。」とおっしゃっていました。
わたしもその時、戻りたい関係があったので残念に思ったことを覚えていますが、人は自分の思い通りに動くものではありません。
どんな答えが今目の前にあったとしても、それは今までの自分がしてきた責任の証拠です。
だからこそ、これからは、買うのも捨てるのも、全部自分で選択して生活して生きましょうといつも話します。
自己責任だったら諦めがつくものも、これが人に言われたからやったとかなら、なおのこと執着心が残ります。
人間関係に執着すればするほど、相手に嫌がられるのが常です。
先日、書きましたが、ヨガのクラスメートもお見舞いをもらってから、ストーカー化し、今ではすっかりクラスの嫌われ者です。
知人の男性は、離婚後子どもに会わせてもらえないと裁判まで起こしましたが、お子さんから「会いたくない。」と言われ、訴えを取り下げました。
知人は落ち込んでいましたが、関係性が深くならない親子だっていると思うほかありません。
事実、彼は速攻再婚していましたので、会わなくてもなんとかなるでしょという神様からの試練だったのかもと思いました。
人の評価に執着しない
人それぞれ苦手な人間関係カテゴリーがあると思います。
親子関係が良好でなかったり、兄弟の仲が悪かったり、親戚にとんでもない迷惑な人がいたり。
それに付随して、大人になってからも性格や考え方のウィークポイントが出てきます。
なので、人の評価を気にしてしまうことを悪いとは言いません。
ただ、365日同じ状態でい続けても、何のメリットもありません。
さっさと、人の評価より自分の評価に期待する方が、人生の舵取りを自分で出来るようになります。
わたしたちのことを正しく理解して!!なんて、周りの人間からするとどうでもいいことです。
周りの人は、その人が人生の主人公。
自分は、自分の人生の主人公。
それでいいではありませんか。
執着心は人生を一つも豊かにしてくれません。
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